校訓:質実剛健 信条:技術者となる前に人間となれ

現況と沿革

現況

 

本校は大正6年に創設され、産業界に多くの技術者を送りだし、その活躍は各分野で高い評価を得ている。現在、機械・電気・電子・建築・土木の5科の生徒は、充実した施設・設備を活用して、学習に部活動に励み有意義な学校生活を送っている。質実剛健を校訓とした伝統的な校風は、創立当初から今日まで引き継がれ、技術者である前に一人の確固たる人間となるような教育の理想を抱いている。
平成9年5月、県内工業教育の中心施設としての新しい時代に対応した教育環境・施設を備えた、新校舎が完成した。今までの伝統・校風を一層発展させるとともに、社会の技術革新にも対応できる多様な機能を備えた近代的な施設であり、新時代を切り開いていく生徒の個性や能力を十分に伸ばすことのできる快適な教育環境が整備された。
また、本校には勤労青少年のための定時制(夜間)が併設され、機械・電気・建築・専攻科(建築)で専門技術の習得に励んでいる。

 

沿革

 

年月日事 柄
大正 6年 4月28日徒弟学校規程により「市立甲府工芸学校」を創立する。
甲府市工町87番地にあった旧琢美小を校舎とし、指物・挽物の2科を置く。
大正 7年 4月 1日漆工科を置く。
大正10年 4月 1日漆工科を塗工科と改称し、建築科を新たに設置する。入学資格を高等小学校2学年卒業程度とする。
大正12年 4月 1日実業学校令(工業学校規定)による工業学校(甲種)の認定を受ける。
学則の変更により、建築・木材工芸の2科に分割する。
大正13年 3月建築科を土木および建築の2科とする。
昭和 3年 3月23日校舎を甲府市塩部1丁目に新築移転し、木造2階建て・三角屋根での学校生活が始まる。
昭和11年 3月 3日校名を「市立甲府工業学校」と改称する。修業年限を5年、入学資格を尋常科6年卒業程度とする。三井甲之作詞の旧校歌を制定する。
昭和13年12月運動場の拡張工事を終了し、7,210.5㎡の広さとなる。
昭和15年 3月28日文部省告示第356号をもって、第2本科土木科を設置する。
昭和16年 3月31日文部省告示第1127号をもって設置者を山梨県とし、校名を「山梨県立甲府工業学校」と改称する。
11月 8日県営移管記念式典が開催される。
昭和17年 3月19日太平洋戦争突入により、工業教育の重視が国家的要請となり、電気機械科を設置する。
8月中学校高等学校学年短縮要項が公布され、12月の卒業となる。
昭和18年 1月中等学校令が公布され、修業年数が4年となる
4月 1日電気機械科を電気科と改称する。
昭和19年 3月18日機械科、電気通信科を設置する。木材工芸科・第2本科土木科を昭和19年限りで廃止し、機械科、電気科、電気通信科、建築科、土木科の5科となる。
昭和21年10月30日南館を竣工する。
昭和22年 2月10日甲府市袋町5の永井かつ子氏が、校長官舎を寄贈する。
4月 1日学制改革により併設中学校を設置する。
4月28日講堂において創立30周年記念式典を挙行する。
5月 1日定時制の山梨工科学校を創立し、電気科を設置する。
昭和23年 1月28日初の生徒総会を開催する。
2月12日自治会(後の生徒会)が成立する。
2月25日生徒会誌「五葉」を創刊する。
3月31日学制改革により校名を「山梨県立甲府工業高等学校」と改称する。
4月 1日定時制の校名を「山梨高等工学校」に変更し、学校教育法に準拠した夜間4年制高等学校として電気、電気通信、土木の三学科を設置する。
昭和23年 4月 1日新しい校章を制定する。
4月28日全日制電気科が通商産業告示第446号により、第三種電気主任技術者免状の取得試験免除の学校指定を受ける。
昭和24年 3月31日併設中学校を廃止する。
4月文学部の機関誌「新樹」を創刊する。
昭和24年 6月「甲工新聞」第1号を創刊する。
昭和25年 7月 1日定時制・城北分校を山梨大学内に設置し、機械、電気、電気通信、土木の4科を置く。
10月第1回学園祭を実施する。
昭和26年10月28日小宮山真作詞・星出敏一作曲の新校歌を制定する。
昭和27年12月 7日電気科実習棟を竣工する。
昭和28年 7月 1日定時制・三里分校を南巨摩郡早川町三里に設置し、土木科を置く。
昭和28年12月 2日機械科実習棟および新グラウンド16,500㎡を竣工する。
昭和29年 4月 1日全日制初の女子学生が電気通信科へ1人入学する。
昭和30年 5月土木科および電気通信科実習棟を竣工する。
昭和31年 4月 1日定時制・城北分校を本校に併設する。
昭和32年 4月 1日定時制に建築科を増設する。
12月建築科実習棟を竣工する。
昭和33年 3月31日定時制に給食調理室を竣工する。
4月 1日文部省令により、短期産業教育課程を設置する。(全日制1年、建設機械科と工作機械科の2科とする。)
4月27日創立40周年記念式典を挙行する。
6月30日定時制で完全給食を実施する。
昭和34年 1月26日生徒会発足10周年記念式典を挙行する。
7月 1日定時制三里分校と、身延高校都川分校とが統合され、本校定時制早川分校となる。
昭和36年 4月 1日定時制電気通信科を電子科と改称する。
昭和37年 4月13日古屋校長が県教育長に転出する。
7月30日本館第1期工事が完成する。
昭和38年 4月 1日全日制電気通信科を電子科と改称する。
6月30日本館第2期工事が完成する。
11月東館を竣工する。
昭和39年 3月31日定時制電子科の生徒募集が停止となる。
昭和40年 3月31日定時制早川分校が廃校となる。
6月30日本館第3期工事が完成する。
昭和41年10月30日創立50周年記念式典を挙行する。
昭和42年 3月短期産業教育課程の募集が停止となる。
4月 1日定時制土木科と建築科を合わせて土木建築科と改称する。
6月機械科、電気科棟を竣工する。
昭和43年 6月建築科、土木科棟を竣工する。
9月11日生徒会発足20周年記念式典を県民会館大ホールにて開催する。
昭和44年 3月25日体育館を竣工する。
昭和45年 4月 1日定時制専攻科(建築科)を設置する。
5月15日山梨県高校総合体育大会で男子が9連覇達成する。
昭和46年 6月21日短期産業教育課程が廃止となる。
昭和47年 8月29日定時制電気科が通商産業告示第446号により、第三種電気主任技術者免状の取得試験免除の学校指定を受ける。
昭和48年 4月 1日定時制土木建築科を建築科と改称する。
12月24日テニスコートを竣工する。
昭和50年 3月19日弓道場を竣工する。
3月25日電子科実習棟を竣工する。
昭和51年11月 3日創立60周年記念式典を挙行する。
昭和53年11月 6日生徒会発足30周年記念式典を挙行する。
昭和55年 3月31日格技場および機械実習棟を竣工する。
9月27日定時制専攻科創立10周年記念式典を挙行する。
昭和56年 3月25日西中館を竣工する。
昭和57年11月29日創立65周年を記念して、同窓会館「五葉会館」を竣工する。
昭和62年 4月 1日中国四川省成都市より留学生2名を迎える。
11月 3日創立70周年記念式典を挙行する。
昭和63年11月 4日生徒会発足40周年記念式典を挙行する。
平成 2年 9月29日定時制専攻科創立20周年記念式典を挙行する。
平成 6年 5月ネットワークで結ぶ第2計算機システム(EWS14台、パソコン30台)を設置する。
平成 7年 4月本校舎改築に伴うグラウンドの埋蔵文化財発掘調査を開始する。
11月 7日新校舎起工式を挙行する。
11月10日韓国清州機械工業高等学校が来訪する。
平成 8年 4月 1日山梨県教育委員会より、インターネットを活用した国際交流事業の実験校に指定される。
9月22日韓国清州機械工業高等学校と姉妹校を締結する。
11月 1日中国河北省より留学生1名を迎える。
平成 9年 2月12日旧校舎棟切祭(解体式)を挙行する。
5月27日新校舎を竣工する。
11月 1日グラウンド、部室棟を竣工する。
11月 7日創立80周年記念式典を挙行する。
平成10年 7月22日文部省より、学校ネットワーク活用方法研究開発事業の実践研究校に指定される。
10月 3日創立80周年記念館を竣工する。
11月 6日生徒会発足50周年記念式典を挙行する。
12月22日旧短期産業教育課程校舎を解体する。
平成12年 6月 5日五葉鐘鳴館、弓道場、テニスコートを竣工する。
10月 1日定時制専攻科創立30周年記念式典を挙行する。
平成14年 3月12日同窓会館内に生徒宿舎(五葉会館寮)を整備する。
平成15年 5月 1日山梨県教育委員会より、平成15・16・17年度学力向上フロンティアハイスクールに指定される。
平成19年 3月10日文部科学省より、新時代に対応した高等学校教育改革推進実践研究校に指定される。
6月 8日文部科学省より、ものづくり人材育成のための専門学校・地域産業連携事業(クラフトマン21)実践研究校に指定される。
10月11日創立90周年記念式典を挙行する。
平成21年12月11日生徒会発足60周年記念式典を挙行する。